One Drop
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10月
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今月の19日、東京でこんなイベントに出ます。
タイトルの出演者から見て分かるように、
きっとJap Jam アンセム のイベントだね。。。
いつか、Jap Jam時代の事は日記にしたいなーと思っていたんで、
これを機会にゆっくり書こうかな?
あの時代の日本のレゲエがすごく好きだ、、、
っていう人が多いね。
ジャパレゲって言葉もこの頃生まれたしね。
それまでにも、レゲエの文化って日本にあったんだけど、
このムーブメントの特徴として、
このレーベルに関わっていた人やアーティストの多くは、
その時、ジャマイカやアメリカに住んでいて、
(私もNy に住んでいた)
外国に住んだ事で芽生えた、日本人としてのメンタリティーや
レゲエという音楽に対する自分たちのアイデンティティー が
炸裂していたという事だと思う。
三木導三のjapan 一番がその代表曲。
私のGhetto boyも、
日本のghetto の風景を歌った歌だよ。
それまで日本でジャマイカの音楽を
見よう見まねで歌っていた事が、
wanna be 黒人みたいだった、、って思ったり、
どんなに好きでも、ジャマイカ人のようには歌えないし、
むしろ、歌わなくっていいんじゃあないか?
もっともっと自分たちの文化を通して、
この音楽を楽しもう、、、って思い始めた人が多かったんだと思う。
今では、そんな論議されるまでもなく、
日本のレゲエは一人歩きして、
完璧に一つのジャンルになったね。
これはそうなる少し手前の、
日本人としてレゲエを歌うという事への葛藤や、
挑戦があった時代の話です。









